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競馬の彩り“勝負服”を仕立てる職人たち。「河野テーラー」100年超の手仕事
午年の今こそ知りたい、競馬の“勝負服”という文化
今年は午年。馬といえば、2025年冬には、馬主の世界を描いたドラマTBSテレビ日曜劇場「ザ・ロイヤルファミリー」が話題になりましたね。
競馬で目を引くのが、騎手が身につける色鮮やかな「勝負服」です。この勝負服を専門に手がける店は、全国でもわずか数社ほど。
1924年創業の「合資会社 河野テーラー」はその1社で、福島市で長く勝負服づくりを続けてきました。「ザ・ロイヤルファミリー」では依頼を受け、勝負服を思わせるドラマ用オリジナル衣装の提供を行った実績もあります。
今回は午年特別インタビューとして、3代目代表の河野正典さんに、「一人一着」のこだわりから創業の背景、ふるさと納税返礼品の話まで伺いました。福島で続く手仕事の現場から、競馬の新たな魅力を探ります。
目次
初代である祖父からの教え「一人一着」

お話を伺った河野テーラー代表の河野正典さん
――河野テーラーの体制と仕事内容を教えてください
河野テーラーは競馬の勝負服専門で、代表の私と従業員2人、計3人の小さな仕立て屋です。全国からの注文を3人で対応しています。多いときは1日に一人で4着仕立てることもあります。
勝負服は、胴と袖の地色に、輪や星などの生地を縫い付けて柄を作っていきます。見た目は華やかですが、少しズレるだけで印象が変わるので繊細な仕事です。仕上げたあとは、定められた規定に沿って寸法や柄の位置などのチェックがあり、それを満たして初めてレースで着用されます。
――勝負服を作る際のこだわりは?
初代である祖父の代から「複数の手が入ると縁起が悪い」という教えがあり、生地の裁断から完成までを一人で仕上げる「一人一着」が基本です。工程ごとに分業にしたほうが効率は上がるのですが、わが社の勝負服を「縁起がいい」と信じてくださる馬主さんや騎手のために、その信頼だけは裏切れません。
福島市に競馬の勝負服が根づいた理由

勝負服に使用するカラフルな生地が並ぶ
――創業当時は乗馬ズボン専門だったそうですね。
1924年(大正13年)に祖父の正太郎が創業した当初は、乗馬用のズボンが中心でした。当時は競馬場周辺に宿が少なく、馬主さんや調教師さん、馬具屋さんなどが周辺の民家に間借りして一週間ほど滞在することも珍しくなかったと聞いています。
たくさんの競馬関係者が町に滞在しており、日頃から交流があった。祖父にとっても競馬はとても身近な存在でした。
――勝負服づくりに参入したきっかけは?
祖父が勝負服づくりに踏み出せたのは、福島という土地の条件が揃っていたからです。隣町の川俣町はシルクの産地で、素材が手に入りやすい。さらに、鮮やかな服色には染色が欠かせませんが、店の向かいには安彦染工場がありました。
競馬場が近く、素材があり、染めができ、仕立ての技術もある。馬主が増えていく流れの中で需要も伸びると見て、祖父は勝負服も手がけるようになりました。勝負服の専門店は多くなく、私の把握では全国でも3〜4社ほど。祖父の代にのれん分けしたところもあります。
競馬のご縁に導かれ、未経験で弟子入り

手仕事の道具も祖父の代から受け継がれている
――正典さんが職人の道に入ったきっかけを教えてください。
2代目は、元騎手の叔父の政平(まさへい)が婿入りして担っていました。私は旅行会社に就職し、当時は店を継ぐ意識はありませんでした。宮城県仙台市出身なので、子どもの頃は夏休みに1週間ほど祖父母の家でもある店に滞在して、職場の空気を身近に感じていた程度です。
それでも振り返ると、いくつもの出来事が重なって、自然とこの道に引き寄せられていった気がします。旅行会社では岩手県盛岡市が初任地で、地方競馬場(※1)がある土地柄でした。飲食の席で調教師さんと同席するなど、競馬関係者との接点も増え、「河野テーラーなら知っている。早く戻れ」と声をかけられたこともあります。2代目に子どもがいなかったこともあり、次第に「自分が支えなければ」という思いが固まり、20代後半で職人の道に入りました。
※1)中央競馬(札幌、函館、福島、新潟、東京、中山、中京、京都、阪神、小倉の10施設)は、日本中央競馬会(JRA)が運営しており、地方競馬(帯広、門別、盛岡、水沢、浦和、船橋、大井、川崎、金沢、笠松、名古屋、園田、姫路、高知、佐賀の15施設)は、各自治体などが主催し、地域ごとに運営されています。
――裁縫未経験から、どのように勝負服を作れるようになったのでしょうか。
裁縫もミシンもゼロからのスタートでした。でも「見て覚えろ」ではなく「分からなかったら何回でも聞け」という教え方で、失敗しても隠さなくてよかった。安心して一つずつ積み重ねられたのが大きかったです。1年くらいで自分の手で一着を仕立てられるようになりました。
それからは、実際に騎手が勝負服を着て騎乗している姿で確かめるようになりました。「柄が肘で隠れていないか」「どこからでも目に入るか」。馬主さんや観客の目線で、見え方を確認していく大事な工程のひとつです。その「職人としての見る目」が養われてきたのは、5年目くらいだったと思います。
代替わりと共に進化する勝負服

伝統的なシルクサテンの生地で仕立てられた勝負服
――勝負服にはどのような役割がありますか。
元々の目的は、馬主さんに遠目でも自分の馬がどこを走っているかを知らせるための「目印」でした。だから機能性というより、色や柄が分かりやすいかどうかが求められていたと思います。服色は馬主さんが考えて登録するので、その人なりのこだわりや験(げん)担ぎが表れるところでもあります。
そこから、体重制限の厳しさも分かっている元騎手の2代目が、動きやすさを取り入れていきました。伝統的な「シルクサテン」を好む方もいますが、今は伸縮性があって体にフィットする「エアロフォーム」が主流ですね。
――正典さんが3代目になってからは、どのような進化がありましたか。
2006年に私が34歳で3代目に就任した後は、動きやすさに加えて軽量化にも挑戦しました。柄を重ねて縫い付るとどうしても重くなるので、直接生地に柄をプリントして表現する方法も取り入れています。
1着の重さは仕様や素材で変わりますが、目安としては、従来の手縫いが約300グラム、プリント生地なら約半分の重さ、夏用メッシュ素材と組み合わせるとさらに軽くできます。
騎手は体重制限が厳しい世界なので、「出走前に水も飲めない」という場面もあります。その中で負担が減り、騎手生命が少しでも伸びるなら、作り手として報われます。

現在主流となっているエアロフォーム生地の勝負服。右は武豊騎手のサイン入り
震災危機がつないだ縁、広がった仕事
――2011年の震災では、仕事にどんな影響がありましたか。
福島競馬の開催が止まって、仕事量は一気に減りました。物流や営業の面でも、福島を理由に断られたりと難しい場面が出てきたのを覚えています。
確かに大変な時期ではありましたが、それ以上に支えてもらった感覚のほうが強いです。国内外の競馬関係者から励ましの手紙や新規注文、差し入れなどをたくさんいただきました。本当にありがたかったです。
時間に余裕ができたことで、勝負服の生地を活かして馬の「メンコ(覆面)」を作るなど、新たな挑戦もできました。
震災前は取引先は中央競馬が中心でしたが、浦和競馬場の方とのご縁がきっかけで地方競馬の仕事も受けるようになり、人脈が広がっていきました。
福島競馬が再開したのは震災から約1年後。震災の年を“色がない世界”と感じていた分、再開初日にパドックで私が手がけた勝負服を見たときは、色とりどりの花が咲いたように感じて胸が熱くなりました。
中央競馬の大きいレースで勝つことよりも、地元で自分が仕立てた勝負服が走るのを見るほうがうれしいと感じましたね。
端材から生まれた ふるさと納税返礼品「ミニチュア勝負服」

A4用紙と比較した「ミニチュア勝負服」。記念品やギフトに好まれている
――「ミニチュア勝負服」はどのようにして生まれたのですか?
勝負服を仕立てるたびに、どうしても裁断カス(端材)が出ます。「捨てるのはもったいないな、小さくしたら可愛いんじゃないか」と考え、作り始めました。完成品をホームページに載せたところ「記念品にしたい」という声をいただくようになり、ふるさと納税の返礼品につながりました。
サイズは飾りやすいよう、A4程度にしました。手仕事としての最小がこの大きさで、これ以上小さくすると柄などの細部が縫えなくなってしまいます。もちろん「一人一着」も徹底しています。
SNSで部屋に飾った写真を見かけると、やはりうれしいですね。去年購入した方が別タイプを選んでくださったりと、リピーターの存在も励みになっています。

一着一着、勝負服と同じ製法でていねいに縫われている
――ふるさと納税をきっかけに、競馬に興味を持つ方は増えたと感じますか?
増えたと思います。道の駅ふくしまで勝負服を飾っていただいたことがあるのですが、返礼品として出していた勝負服(競走馬・グラスワンダーの服色)を展示したところ、SNSに写真が上がって反響が広がりました。ちょうど「ウマ娘」(※2)の流れを受けて、ファンの方からの注文が増えたこともありました。何がきっかけになるか分かりませんが、ありがたいですね。
※2)「ウマ娘 プリティーダービー」は、株式会社Cygamesが展開するクロスメディアコンテンツ。実在の競走馬をモチーフにしたキャラクター「ウマ娘」たちが登場します。
――「これからも福島でこの仕事を続ける意味」をひと言でお願いします。
私が仙台で育ち、岩手で社会勉強させてもらったことは、結果的に「福島でこの仕事に就くまでのステップだった」という感覚があります。レースがある限り、ずっとこの地で勝負服を作り続けていきたいです。
競馬は馬券だけではなく、勝負服というアイテムもあって、それが福島でつくられているということを、もっと知ってもらえたらうれしいです。福島に来たら、ぜひ競馬場に足を運んでみてください。
馬主の思いと職人の技が重なる、勝負服という「文化」
正典さんのお話を聞いて、勝負服は単なるレースの衣装ではなく、馬主の思いと職人の技術が重なって生まれる「文化」なのだと実感しました。
正典さんを含めた3人で全国からの注文を受け、改良を重ねながらも「一人一着」という教えを守り続ける。デジタル社会とは異なる価値が、ここにはあります。
福島競馬に足を運ぶ機会があれば、ぜひ勝負服にも目を向けてみてください。福島市の手仕事が、レースを違う角度から面白くしてくれるはずです。

合資会社河野テーラー 店舗情報

福島競馬場に程近い桜木町にある「合資会社 河野テーラー」の外観
| 住所 | 〒960-8133 福島県福島市桜木町2-3 |
|---|---|
| TEL&FAX | 024-534-2245 |
| 営業時間 | 9:00~17:00 |
| 定休日 | 日曜、祝日 |
| 駐車場 | なし |
| HP/SNS | HP |
河野テーラーの勝負服、ミニチュア勝負服は、福島市ふるさと納税やターフィー通販クラブより購入可能です。
福島市ふるさと納税
| 楽天ふるさと納税 | さとふる |
| ふるさとチョイス | ふるなび |
株式会社 中央競馬ピーアール・センター|ターフィー通販クラブ



