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見えなくても花は楽しめる。「花見山公園」視覚障がい者おもてなし勉強会
バリアをなくし、視覚障がい者の「観光」を広げる花見山公園の取り組み
花見シーズンになると毎年県内外から多くの観光客が訪れる、福島市の桃源郷・花見山公園。
しかし「見えない」「見えにくい」ことによる移動の不安や周囲への遠慮から足が遠のき、その美しさを諦めている人たちがいます。
「視覚に障がいがあっても、花見山公園を楽しんでもらいたい」――そんな想いからスタートしたのが「五感で楽しむ花見山見学会」です。
その内容は、慣れない環境や人混みでも安心して花見を楽しんでもらうため、花見山公園で活躍するボランティア団体「ふくしま花案内人」がガイド役となり、手引きの付き添い者と共に案内を行うというもの。
今回は、視覚に障がいのある方をおもてなしするために必要な知識や心構えを学ぶために開かれた、ふくしま花案内人を対象とした勉強会に参加し、さまざまな立場や視点、体験から広がる花見山公園の魅力と、バリアフリーの取り組みについて取材してきました。
視覚に頼らないからこそ気付ける香りや空気の変化、記憶と心で見る花見山の姿をお伝えします。
目次
思い出の花が、五感でよみがえる

2025年4月に開催したモニターツアーの記念写真
視覚障がい者と一言で表しても、その見え方は人それぞれ。生まれつき視力に障がいを抱える方もいれば、病気で障がいがある方もいます。また、ぼんやりとした視力がある方、空間の明暗しか認識できない方など、障がいの程度は非常に多様なのです。
2025年4月に開催された、弱視の方々5名が参加したモニターツアー「見えにくい仲間との五感で楽しむ花見山見学会」に寄せられた感想には、参加してよかったという前向きな言葉がたくさん寄せられました。
「視覚障がいになって、もう花見山には行けないと思っていましたが、今回参加したことで改めてお花を綺麗だと感じることができて嬉しかったです」(80代・女性)
「案内人から詳しい説明を受けているうちに、まだ視力が残っていたころの記憶が自然と蘇り、思い出の色で花を楽しむことができました」(70代・女性)
障がいによる社会的・心理的なバリアを取り除くことができた素晴らしい機会だったことが、参加した方々の言葉一つひとつからはっきりと伝わりました。
純度100%の暗闇を案内していた野地さんが、花見山で見つけたもの

講師の野地美行さん(写真中央)
1歳半で視力を失った野地美行(のじ よしゆき)さんは今回の勉強会に特別ゲストとして参加され、視力に頼らずに生活するための訓練を幼少期から受けていた自身の生い立ちや経験、純度100%の暗闇、真っ暗な中で行う体験型プログラム「ダイアログ・イン・ザ・ダーク(DID)」の案内役として活躍していた際の気付きやプログラムの魅力などを伝えてくれました。
そんな野地さんでさえ「自分には花見はできないと考えていました。花に触れると怒られてしまうだろうから、花見を楽しむとしても、茶屋で団子やおでんを食べたりするイメージしかありませんでした」と語ります。
しかし、ふくしま花案内人と手引き付き添い者のもと、花見山を訪れた際のことを振り返り「見える、見えないは関係なく、花見はみんなが楽しめることを体感した」そうです。
いろんな花に触れ、香りを嗅ぎ、足元の変化を感じるなかで、自身が「ダイアログ・イン・ザ・ダーク(DID)」でお客さんに伝えていた「感じて楽しむ」感覚を味わうことができたと述べていました。
視覚以外の感覚がつくる花見体験とは?

まるで桃源郷のような花見山公園
前述した当事者たちの言葉からもわかるように、花見は「目で楽しむもの」というイメージが根強いものです。しかし、鳥の鳴き声、足元の感覚、風や香り、空気感など、視覚に頼らずとも花見を楽しめる要素も実はたくさんあります。
NHKラジオ「Nらじ」のキャスターであり、緑内障の進行で視覚障がい当事者でもある杉田淳(すぎた まこと)デスクも、ふくしま花案内人の菅野紀子(かんの のりこ)さんと共に花見山を登った経験があり、その様子が番組で放送されました。
ふくしま花案内人(菅野紀子さん)
「10mくらい先に、ハクバイ、白い梅がたくさん咲いています。いま吹いた風。これに乗って、香りを届けてくれましたね」
杉田デスク
「ええ、いい匂いですね。(ひと呼吸おいて)いっぱい吸えます」
和やかな雰囲気で会話を楽しむように案内する菅野さんと、それに応えて五感で花見山を楽しむ杉田デスク。そしてその会話の最中、二人の気持ちに応えるかのように「ホーホケキョ」という鳴き声が響きます。
「やっぱり梅にはウグイスがよく似合いますね」
しみじみと言葉を紡いだ杉田デスクには、小さな白梅の花々と枝にとまるウグイスの情景が浮かんでいたのではないでしょうか。
番組には「ラジオのリスナーにとってもわかりやすい案内でした」「相手に寄り添う具体的な説明が、心の中に入り込んであたたかくなりました」という声も寄せられていました。
五感で楽しむ花見を支える、案内現場のおもてなし

勉強会で手引きの実践を行う様子
五感で楽しむ花見の可能性を広げるために、実際の案内現場ではどのような工夫がされているのでしょうか?
「五感で楽しむ花見山見学会」では、花案内人と、手引きの付き添い者の役割が明確に分けられています。ふくしま花案内人はガイドと情報提供に徹し、移動と安全確保の役割は手引きの付き添い者が担います。
この役割分担があるからこそ、参加者は安心して移動することができ、体験に集中できるのです。
・「以前来たときは坂道で滑って尻もちをついてしまいましたが、今回は足元を案内していただいたので安心して歩けました」(80代・女性)
・「幼い頃に訪れた花見山は、慣れない足元で転ばないように地面を見ている時間が多く、茶色のイメージでした。でも、今回の体験を通して花見山のイメージが変わりました」(50代・女性)
過去に訪れた花見山の思い出と、今回の花見山見学会を比較した当事者からのコメントでは、同じ場所でも配慮の有無で得られる体験の質や方向性は大きく変わるということがよくわかりました。
ふくしま花案内人の相談役・菅野紀子さんは「目が見えない方でも、基本的には普段と同じように案内します。ただ、ほんの少しの心遣いが必要なだけです」と語ります。
そして、この「少しの心遣い(配慮)」を知るために、今回の勉強会では当事者の声や案内人同士の学びを共有しました。
【一例】
・声をかけるときはまず、自分のことを名乗ります(簡単な自己紹介)
・事前に歩くコースについて説明し、行程のイメージを持ってもらいます
・「歩きます」「止まります」など、動作の前に言葉をかけます
・説明は必ず止まってから行います
これらは決して難しい技術ではなく、“知っているかどうか”で大きく差が出る心遣いです。
参加した案内人のみなさんは、真剣な面持ちで話を聞きながらメモを取っていました。質疑応答では、講師やゲストへ積極的に質問が寄せられ、視覚障がいのある方への理解を深めたいという姿勢が強く感じられました。

熱心に受講するふくしま花案内人のメンバー
勉強会に参加した、ふくしま花案内人の方々の「もっと良い案内ができるようになりたい」「花見山の魅力を一人でも多くの人に届けたい」という熱い想いが、会場全体に広がっていました。
案内人と当事者が協力しながら生み出すこの花見体験は、花見山の新しい魅力となっています。
諦めなくていい。誰もが花を楽しんでいいのだから

桜に触れ、花を楽しむモニターツアーの様子
花を楽しみ、記憶に刻む機会は、誰にでも開かれたものであってほしい。
2025年4月の花見山見学会への参加を仲間たちへ呼びかけた、視覚障がい当事者の菅野典子(かんの のりこ)さんは「見えないけど、諦めないで。みんな花を楽しめるよ」と語ります。
また「五感で楽しむ花見山見学会」を主催する福島市観光コンベンション協会 バリアフリーツアーセンター長の佐藤由香利(さとう ゆかり)さんは「バリアは個人だけのものではなく、社会の中にあります。だからこそ遠慮せず、福島市観光案内所・バリアフリーツアーセンターまでお問い合わせください。どうにかして行ける方法を一緒に考え、相談しながら体制を整えていきます」と強調します。
もしかしたら、あなたの家族や友人、同僚など、身近な人の中にも「花を見たいのに諦めてきた人」がいるかもしれません。花見山公園には、その想いに応えてくれる仲間がいます。安心して歩ける環境があります。
だからこそ伝えてください。「行ってみない? 福島市には『五感で楽しむ花見山』があるよ」と。
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